佐賀地方裁判所 昭和42年(ワ)309号 判決 1969年3月24日
原告
鬼頭豊
ほか一名
被告
黒川正利
主文
原告らの各請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は、原告らの負担とする。
事実
原告ら訴訟代理人は、「被告は、原告らに対し、各金二三七万六、七一三円およびこれに対する本訴状送達の日の翌日から完済までいずれも年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、
一、(一) 被告は、昭和四一年一〇月一六日午前六時三五分頃、自己のために、軽四輪貨物自動車(三菱三六〇)を運転して、佐賀市嘉瀬町方面から同市八戸町方面へ向い、同市嘉瀬町扇町の西日本プリンス株式会社西方約五〇メートルの国道上を進行中、同自動車と、訴外亡鬼頭伯明をその後部荷台に同乗させ、右八戸町方面から同嘉瀬町方面へ向つて(対向して)進行中の訴外亡永橋庸道運転の第二種原動機付自転車とが衝突し、その結果、右鬼頭伯明は、頭蓋内出血、前頭部裂創にもとづく呼吸麻痺により、同日午後七時三〇分頃死亡するにいたつた。
(二) そして、右衝突事故は、訴外亡永橋庸道が時速約六〇キロメートルで進行して、前記事故現場付近にさしかかつた際、同道路中央線付近を同一方向へ向い時速約三五キロメートルで進行中の訴外田島喜久夫運転の普通貨物自動車の左側(道路中央線側)から同自動車を追い越しにかかつたところ、被告がこれを発見するのをおくれ、かつ、ハンドルを左にきらなければならないのにこれを右にきつたため、惹起するにいたつたものであるから、それは、訴外永橋庸道の前車追越しのため道路中央線付近に出たことの過失と、被告の前方不注視ならびにハンドル操作不適当の過失とにもとづく共同不法行為によるものであつた。
二、ところで、原告鬼頭豊は、訴外亡鬼頭伯明の父であり、原告鬼頭富江は、右訴外人の母であつて、ともに同訴外人の相続人である。
三、したがつて、被告は、自動車損害賠償保障法第三条もしくは民法第七〇九条、第七一九条にもとづき、前記事故によつてこうむつた訴外亡鬼頭伯明ならびに原告らの各損害を賠償すべき責めを負う。
四、しこうして、前記事故によつてこうむつた訴外亡鬼頭伯明ならびに原告らの各損害は、つぎのとおりである。
(一) 訴外亡鬼頭伯明の損害
(1) 葬式費 墓碑建設費金五〇万円
(2) 得べかりし利益の喪失による額金三七五万三、四二六円
右鬼頭伯明は、訴外永橋電気商会こと永橋庸道から被用されていて、前記事故発生当時は、賃金、諸手当合計月額平均金二万円を得ていたものであるところ、同伯明は、昭和二〇年二月七日生れであつて、その就労可能年数は四三年であつたから、同人の生活費月額平均金七、〇〇〇円を控除し、ホフマン式計算法によつて同人の得べかりし利益の喪失による額を算出すると、その額は、金三七五万三、四二六円となる。
(二) 原告らの各損害
慰藉料各金一〇〇万円
右鬼頭伯明は、原告らの長男であるところ、原告らは、同伯明がようやく就職先を得たことをよろこぶとともに、その将来に多大の期待をよせていた矢先に、前記死亡事故が発生したものであるから、これによつてうけた精神的苦痛はともに甚大である。
(三) もつとも、原告らは、右事故にもとづき、自動車損害賠償責任保険による保険金として、金一五〇万円を受給している。
五、それで、原告らは、被告に対し、右四の(一)の額の半額から同四の(二)の額の半額(以上、原告らの相続分は、各二分の一)を控除した額と同四の(二)の額との合算額各金二三七万六、七一三円およびこれに対する本訴状送達の日の翌日から各完済までいずれも民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求めるため、本訴におよんだ。
と述べ、さらに、被告の後記五の主張に対し、
六、その被告に関する抗弁事実は否認し、被告に関する抗弁は争う。
と述べた。
〔証拠関係略〕
被告訴訟代理人は、主文と同旨の判決を求め、答弁ならびに主張として、
一、(一) 原告らの前記一の(一)の主張事実は認める。
(二) 同一の(二)の被告に関する主張事実は否認し、被告の過失に関する主張は争う。
二、同二の身分関係に関する主張事実は認める。
三、同三の主張は争う。
四、同四の(一)、(二)の各主張事実はいずれも知らない。
五、しかし、本件事故発生の際、被告は、前記軽四輪貨物自動車の運行に関し注意を怠つていなかつたし、また、同自動車にも、当時、構造上の欠陥または、機能の障害は存しなかつたものであるところ、右事故は、もつぱら前記亡永橋庸道の過失によつて惹起するにいたつたものであるから、被告には、その責めはない。
すなわち、本件事故は、右永橋庸道の運転する第二種原動機付自転車が前行する前記普通貨物自動車の後方から突如として、時速約六〇キロメートルで、しかも、道路中央線を越えてとび出してきたのを、被告においていち早く発見したとたん、同自転車が被告にハンドルをきる間も与えず、そのまま被告の運転する前記軽四輪貨物自動車の右側前部に真向いから(斜めからではなく)激突した(そのため、被告は、一時失神したのであるが、右軽四輪貨物自動車は、真向いから右側前部を激突された後、物理上の必然として、失神中の被告の意思にかかわりなく、前記第二種原動機付自転車を押し戻すような格好で右斜め前方に進行した。)ため、発生するにいたつたものであるから、右事故発生については、不可抗力として、被告には、なんらの責めはなく、それは、もつぱら前記永橋庸道の右の過速、追越し不適当および前方不注視の過失によるものであつた。
と述べた。〔証拠関係略〕
理由
原告ら主張の前記請求原因一の(一)の事実は、当事者間に争いがない。ところで、被告は、前記答弁ならびに主張五のとおり主張する。そして、前記事実に、〔証拠略〕を総合すると、本件事故発生当時、被告運転の前記軽四輪貨物自動車には、構造上の欠陥または機能の障害は存しなかつたこと、そして、右事故は、訴外亡永橋庸道の運転する前記第二種原動機付自転車が前行する同じく前記普通貨物自動車の後方(被告の視界外の死角)から突如として、しかも時速約六〇キロメートルの高速で、あまつさえ道路の中央線を越えて(越えてはならないことは、いうまでもない。)とび出してきたのを、被告においていち早く発見したとたん、同自転車が、被告にハンドルをきる間も、急制動をほどこす余裕も与えず、そのままの高速度で被告の運転する右軽四輪貨物自動車の右側前部に真向いから(斜めからではなくの意。したがつて、右側前部である以上、真正面からというのではない。)激突したため、発生するにいたつたものであること、もつとも、同軽四輪貨物自動車は、その後、右斜め前方に進行したのであるが、これは、あくまで右激突後のことであつて、激突前の、しかも被告の意思行動によつたものではもとよりなかつたこと、すなわち、被告は、右激突により一時失神した(被告も、本件事故により、受傷した)のであつたが、同軽四輪貨物自動車(三六〇ccにすぎないことは、前記のとおりである。)は、右のとおり高速で真向いから(その意は、前記のとおりである。)その右側前部を激突されたため、当然のことながら、失神中の被告の意思にはかかわりなく、前記第二種原動機付自転車を押し戻すような格好で右斜め(右側前部に対する激突により右斜めにむきを変えて)前方に進行したものであつたことをそれぞれ認めることができ、〔証拠略〕をもつてしては、右認定を覆えすに足りないし、他に以上の認定を左右すべき証拠はない。もつとも、〔証拠略〕には、いずれも、被告がハンドルを右にきつたため衝突した旨の記載が存するが、〔証拠略〕によると、甲第一号証中の「事故の状況」欄の現実の記載者は、司法警察職員訴外西村卓であつたが、同訴外人は、被告がハンドルを右にきつたことを見聞した者はなく、被告自身もハンドルを右にきつたとは供述していなかつたけれども、軽四輪貨物自動車が右斜め前方に進行した、その結果から判断して、被告がハンドルを右にきつたと記載したにすぎず(この点の実情は、前認定のとおりである。)、その余の前記甲号各証中のこれと同趣旨の記載も、すべて、右と同じ事情のもとに、もしくはこれにそのまま同調してなされたにすぎない(本訴状も、そうであろう。)ことを認めることができるから、右の甲号各証の記載が存するからといつて、もとより前認定の妨げとなるものではない。また、原告らが本件事故にもとづき自動車損害賠償責任保険による保険金を受給したことは、原告らにおいてこれを自認するところであるが、〔証拠略〕を総合すると、前記軽四輪貨物自動車は、被告の父の弟訴外黒川照二の所有であつて、これについては、本件事故当時、自動車損害賠償責任保険契約が締結されていたのに対し、前記第二種原動機付自転車については、当時、右保険契約が締結されていなかつた(したがつて、これを運行の用に供することは、許されなかつたはずである。)ものであるところ、原告らの前記保険金受給は、右黒川照二が、前記永橋庸道の兄訴外永橋直道らから、右締約保険を利用させてもらいたいとの懇願を受けた結果、別にあらためてそれだけの額をみずから出費するわけでもなく、また、被告の本件事故による受傷は、決して軽くはなかつたけれども、幸にして怪我程度ですんだのに対し、前記鬼頭伯明らは、ついに死亡するにいたつたことに思いをいたし(まことにそのとおりであるが、ここでは、法律上のことを問題にしているのである。)、被告の過失を認めるというのではなしに、親切心から、右懇願に応じたためであつた(〔証拠略〕中の、「被告がハンドルを右に切つた」については、前記のとおりである。)ことを認めることができるから、原告らの右保険金受給の事実が存したからといつて、これにより、被告の本件事故における過失に関する事実を認めなければならないものではないことはいうまでもない。
以上の各事実によると、本件事故発生については、被告には、故意はもとより、過失もなく、したがつて、右事故発生の際、被告においては前記軽四輪貨物自動車の運行に関し注意を怠つてはいなかつたし、また、同自動車にも、当時、構造上の欠陥または機能の障害は存しなかつたものであるところ、右事故は、もつぱら訴外亡永橋庸道の、第二種原動機付自転車を運転する者としての注意義務に違反した前記のとおりの前行車追越しの際の前方不注視のもとにおける高速度運転ならびにその追越しのための前方不注視のままの前行車の後方からの道路中央線を越える急進出の各過失によつて惹起するにいたつたものと認めるのが相当である。そうすると、原告らの被告に対する本訴各請求は、いずれも、その余の点について判断をするまでもなく、すでにその前提において理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担については、民事訴訟法第八九条、第九三条第一項本文を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 桑原宗朝)